ねが×ぽ!! 〜Tiny Notes〜 記述式マテリアル

東大にいるのにも関わらず学業投げっぱなしのシナリオライターのタイニーノーツ。/自画像(偽)→

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かさだんご

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受験生時代の記事がお目当ての方は2008年〜2009年3月を参照ですよ。



まとまと

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東大生というわけではない。
このブログは華が無いのでイラスト担当にとやってもらっていた。
しかし、修行の旅に出たのか、しばらく音沙汰がないけど、きっと帰ってくるよね……!

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かさだんご┃創作関係 + 2009 / 07/06 [02:32]

- 創作について思うこと -
おはこんばん。かさだんごです。
久々に気合の入った記事だこと。
気の抜けた日記は一個前の記事です。(後半気合入り過ぎで分けたという。)

そういえばアニメが夏クールに入りますね。

夏クールて矛盾だよね。クール。

GAに期待。
GAはおもすれー。

現代魔法も期待。
嘉穂たん萌え。

あとはどーでもいーや(爆

アスラクライン2期がはやく見たいな。
なんだかんだで面白かったし。

かなめもって面白いのかね。
漫画二巻まで持ってるが……(読めばわかる!)


オリジナルのアニメってあんまりないけど
たとえばエル・カザドとかソルティレイは個人的に大好きなので
もっとやってほしいなぁと思う、、
商業的にくそまずいのはわかるけどさ。。

商業的にくそまずいとわかっていても
趣味としてやれる小説やノベルゲーム制作と違って、
アニメって個人でも集団でも趣味の範囲でできることじゃないから、どうしても制作会社に頼るしかない。

決してアニメが「アニメらしさ」を追及する必要はないと思うけど、アニメと小説・漫画・ノベゲとの違いを自覚していてくれてもいいと思うんだ

動くからアニメ と言うつもりはないけど
特に小説なんかは、視覚的には一瞬で理解できる「黒服の男の手から閃光がほとばしり、それがみるみるうちにひとつの形状を為し、そして剣となった。その剣は翡翠と真紅に装飾された刀身を持ち、切っ先からまばゆい光を放っている。」という表現を悪く言えば冗長にやらないといけないわけだ。(逆に言えば現実・二次映像ともにあり得ないような中二的状態・あるいは過剰な装飾、曖昧な表現などが可能になる)

原作に漫画やラノベ・ノベゲがあるのは、いい足がかりになるのかもしれないけど、そういう意味ではそれぞれの個性が前提にされた場所からアニメを引き出すことになるのだから、どこかに機能不全を起こすところがあってもおかしくないわけだ。

ところがじゃあオリジナルアニメはどう作るんだよっていったら脚本なりがあるんだから、つまり小説から起こしてるようなもんじゃないか、ってね。

でもそれはあくまで「アニメ化前提」で作られた脚本なんだから、ただの小説とは違うわけだ。ただの小説は仮に読者の脳内でのビジュアル化を前提としていたとしても、それは≠アニメ化前提。アニメはあくまで読者の脳内でのビジュアルではなく読者が受容するビジュアルなのだ。

……ええと、何の話をしているんだっけ……

ああ、オリジナルのアニメ作ってくれよって話でしたね

まぁ大変なことはわかってるけどさ
やってほしいなぁと思うわけ

アニメ作品を見たいんだよね
メディアミックスの一員てわけじゃなくて。

もちろんこの漫画がアニメしたら嬉しいなぁとかはあるけど
それとこれとは話が別でして。

好きなことを仕事にするったってさ
誰かが描いた作品を、いかに忠実に、あるいはそうでなくともアニメ化するなんてただの「作業」じゃない
と、かさだはたまに思う

もちろんこの作品いいなと思ってさ
自分がそのアニメ化にかかわれたら楽しいなぁということもあるけど
いつもそうというわけじゃないでしょう。

まぁかさだは自分で作りたいと思っているからそんなことを考えるのかもしれない。人の作品に絵を宛がうのがやりたいんです、っていう人はいるだろうしね。かさだも何かにインスピレーションを受けて二次創作したくなることもあるから、たとえばそんな感じなのかもしれない。

かさだは自分で作りたいから、だれにも頼らない、小説というものをやってきた。(それしか選択肢がなかったのは事実だが。)
少なくとも書くだけなら自分一人でできるし、自分の考えたものを実現できる(可能性がある、というだけなんだけどね。最終的に納得のいくものになるかどうかは別問題)。

だからあんなにアニメがいっぱいあって、
それなのにオリジナル作品なんてそうそうなくって、
彼らの世界には、自分の作品を作りたい!って人がいなくなっちゃったのかな
とたまに思う。
それが冒頭の商業的な理由によるものだとしても、さ。

かさだにはいっぱい実現したい世界――すくなくとも形象がある。それには小説ではとうてい実現できないだろうな、っていうものもいっぱい含まれてる。もしも、アニメーターがそれをやろうとしないなら……それは、その形象は、三次元空間上にも二次元平面上にも一次元文字列上にも存在できないじゃないか。どの現実にも無く、誰も漫画化しようとせず、誰も文章に起こそうとしなければ、アニメに現れることもまた、ない。

アニメでしか実現できない事象は、
アニメがアニメであるがゆえに、
(商業的/労力的な性質がゆえに、)
アニメでは実現できない。

こんな帰結があっていいんだろうか。
許していいんだろうか。

創作家としてはガッカリだよね。


そういう流れからtrue tearsにはちょっと興味があります。
(ノエインは前々からなのであえて言及はしない。)

先にゲーム版の存在を知っていたので、なんでタイトル同じで内容違うんだばかやろうと思っていたものですが、時間が心を融かしてくれたのか、今なら受容することができる。
(それにゲームやってないしね!!)

というわけで見ようかなぁと思っている次第。

(今思ったがtrue tearsもノエインもOPが歌riyaという流石信者)

監督のtrue tears当時のインタビュー記事を読んだことも、見ようかな、と思った一因。心情をどう表現するかうんぬんを言っていたような気がしましたが……。

それについても思うところはある。
心情の表現。
あるいは知覚できないけど存在しているものの表現。
これはちゃんと考えなくちゃいけないことだと思う。

心情表現について、もっともリアルと乖離しているのは小説。登場人物の心情を直接書いてしまうこともできるから。もっとも、あからさまにそれをやる小説はつまらないのが通説だけどね。

リアルに近いのは漫画やアニメ。
登場人物が直接感情を喋ることは無いから。
それでもこの二つは、主人公の視線がない場所での登場人物の姿を視聴者や読者は知ることができてしまうから、かなりチート気味。
気の強い女の子が風呂でため息ついてるシーンの一つでも挿入すれば完全に意味はとれるっちゅうねん、という感じで。

いずれにしても。
キャラクターに心情は存在する。
だけど、そのときその瞬間の心情が、連続的にグラフに描かれるかというとそうではない。
それが共通項。

リアルなら、少なくとも表情を見れば、表面的な感情はつねに知ることができる。(裏で腹黒いことを考えている可能性もあるにしろ。)
だけど、キャラクターはそうじゃない。
特定の切り刻まれた瞬間の表情しか映らない。
特に知られるべき感情は強調されることもあるしね。

だから、リアルの心情とキャラクターの心情は似て非なる物なんだよ。
リアルの心情は理不尽の塊。
キャラクターの心情は組み立てられるパズル。
絶対に同じじゃない。

どういうことかというと……。
リアルでこの人はこのタイミングでこんなことを考えてるな、というのをそのまま作品に落とし込んでも、よく伝わらない、あるいは表現とは呼べない――てこと。連続的な心情の一断面を切って書いたってダメってこと。

「彼は笑っている。」

単純なひとつの事実だね。
現在進行形だから、たった「今」行われていること。
「今」という一断面の情報。

現実なら、どういう状況で「今」「彼が笑っている」のか、知ることができる。仔細に。機微まで。

たとえばさっきまで泣いていたとしよう。

「さっきまで泣いていた」+「今は笑っている」

たしかにどういう状況かはわかるね。

だけど、この二つの事象の間に何があったのだろうか?
いや、もっと正確に言うならば――

この二つの事象は、彼の心情の断面を二つ切り取ったものにすぎない、ということ。
必ずしもそうである必要はないけど、たとえば、この二つだけでは、「彼の心情を連続的に復元」したりできない。
泣きやみ、笑うまでにどれくらい間があった?
どんな細かい表情の変化をした?
そこに「彼の心情を読みとるための要素」がある。
そしてそれは二つの事象の間を埋めるものだ。

……それでも。
それが分かったとて、充分じゃあないんだ。
たとえばさっきの間に彼の脳内に「今日の夕飯はコロッケ出ないかな」というものがよぎっていたかもしれない。そんな「理不尽な」考えがどこからともなく沸いてきたかもしれない。だけどそれは、決して読みとることができない。直接描かれていない限りは。

だけど描かれる必要があるか、といわれれば、必ずしもそうじゃない。そんなことが無くたって作品は成立する。むしろそれが無い方がスッキリと、ね。

だから作品はストラクチュア。リアルは理不尽。


少なくとも、小説は、そうだ。
ノベルゲームだって、あまり細かい表情の機微の差分なんて用意していないだろう。
それに対して用意するテキストだってものすごい労力がいるから、普通はやらない。

……だけど、アニメは?

ほとんどリアルタイムで進行するそれは、しかも、機微も表現できる。
楽しげに笑う登場人物たちの中に、一人だけ寂しげに笑う人が混じっているかもしれない。

時間的にリアルタイムに進行できる、もっともリアルに近い存在。
そのアニメは。
アニメ特有の心情表現を持ってもおかしくない。

アニメでの心情だって、全体で見ればパズルだけど。
細かい、少なくとも視聴者が見ているその瞬間瞬間では――必ずしも、そうじゃない。

かさだはそれを、アニメらしい、と思った。

(正確にはそれも。中二的表現を動画でできるのもまたアニメらしさ、だからね)

アニメには感情の機微までも表現する余地があるのに。
お決まりの展開で、お決まりの流れで、お決まりのオチで。
みんながみんな、「同じ表情をする」。
そんなアニメはもう見飽きた……(まだ見るけど)。

全てを兼ね備えているからこそ、常に全てを使うこともないと思う。
奇麗なグラフィック、キャラクターの喋り声、邪魔しないBGM……

「どこに行こうかなぁ」と言いながら、旅行雑誌のページをめくる必要はないんだ。ベッドに寝っ転がりながらページをめくる、そういう描写だけでいい。喋らさなくていい。黙ってていい。そのかわり、精いっぱいのグラフィックで。表情の変化で。

「○○さんって無口だけど、友達になりたいなぁ、どうしたらいいかなぁ」なんて喋らなくていいんだよね。遠くから見ながら寂しげにため息をつくだけでいい。

そういうアニメが見たいなぁ。

文章が表示されないかわりに、セリフにするしかない。
それは文字のままならね。
だけど、それを映像特有の表現に変換することだってできるわけだ。

そういうアニメなら、原作ありでも見たい。
原作なしだって、そういうアニメが見たい。
そういうアニメなら、作ってみたい。

小説でもそういう試みは面白いかもしれないなぁ。
小説も似た気配はある。
視覚情報が一切ない分、逆に文字列をうまく扱えれば、上の方で述べたような、現実を超える表現すら可能なわけだ。

そこはまぁ、超えないでおいて、
いかに文字列で情景描写に徹するか。
いちいち喋らせないようにするか。
いちいち主人公に考えさせないようにするか。

そういえば、君だけしか知らない世界、「キミセカ」とか言うので一年前だかに「セリフのない小説」を募集していたことがあったけど……。
「コンビニでの一幕をセリフ無しで表現」というものだった。
なんて難しいのだろう。
でも、やりがいがありそうな……
それは、表現の本質にかかわることだから。


これはネタだけど、第一話は誰も喋りませんでした、なんてアニメがあったらすっごい見たいなぁ……!

将来の自分用のメモだというときもあるけど
ある程度の認知度は欲しいので始めてみた。↓

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