ねが×ぽ!! 〜Tiny Notes〜 記述式マテリアル

東大にいるのにも関わらず学業投げっぱなしのシナリオライターのタイニーノーツ。/自画像(偽)→

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かさだんご

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受験生時代の記事がお目当ての方は2008年〜2009年3月を参照ですよ。



まとまと

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しかし、修行の旅に出たのか、しばらく音沙汰がないけど、きっと帰ってくるよね……!

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かさだんご┃日々の遑 + 2009 / 07/14 [17:37]

- 爆スイマー -
おはこんばん、かさだんごです。

お昼に寝て、起きたら5時だった。
いや、正確には、途中で何度も起きたけど、
起き上がれなくて、また寝て、を繰り返して、5時になった……。

明日の英語のテストの勉強はもう間に合わないかもね……。

よし、また寝るか!

↓以下略

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かさだんご┃創作関係 + 2009 / 07/14 [07:14]

- 常識乖離 -
今回の記事は創作関係ということで、そういうお話なんですが、あまりにも「常軌を逸している」ので、「自分は常識的な人間である」と思っている人は読まない方がいいかもしれません。

恐らく意味が分からないだろうと思います。
意味が分かってしまうとそれはそれで錯乱すると思います。

……って書くと、少しだけでも読んでみるか、って気になるでしょう。
不思議だよね、人間って。

さて。

最近、空が青いことを不思議に思うようになりました。と言っても、懐疑主義、というものではないと思います。空が青いことは認めます。たしかに空は青いです。だけど、それは「なんとなく」の領域で不自然な事実なんです。そして、そう思うこともまた、不自然。

空は青い。

「そこにあるそれが全て」というかさだんごの個人的なポリシーを用いれば、確かに空は青い。だけどあるとき、確かに違和感を抱いた。「そこにあるそれが全て」だというならば、抱いた違和感も「そこにあった」のだから、何かしらの心的作用から違和感を抱いたことは間違いない。

実はこの症状は、「空が青い」という事実だけに当てはまらない。他のなにごともすべて、同じように感じてしまうようになったんです。つまり、具体的に「空が青い」という話について書いたけれど、実は「空が青い」こと自体は事実関係が自明な扱い易い素材というだけで、それについて議論することは大して意義のあることじゃないんです。

この「違和感」。
そして懐疑主義とも違う、常識的な事象に対して「それが確かにそうである」と認めつつ、違和感を抱いてしまうこの心的現象。

これは一体何なのか?

「たしかにそうだ」と認めちゃっているのが厄介なんだよなぁ。
それがなければ何を疑っているのか考えればいいだけなんだけど、この場合、「何も疑っていない」のにも関わらず「違和感」がある。

それは何なんだろうと思って……

これは直接的な結論ではないのだけれど、少し思い当たることが無い訳ではない。

「絶対的な意識」の存在。
哲学的には自立的だか自律的だか言った方が正しいんだっけかなぁ。詳しくないからよくわからないけど。

いかなる前提の存在も必要としない意識。

われわれ人間は、(少なくとも現段階では)決してその身体から外に出ることはできない。脳が「死」んだらそれでオシマイですよね。科学じゃそう考えられてる。

宗教では、魂というものの存在があるかもしれない。かさだ自身は信じてないわけでも信じてるわけでもない。だけど、この魂というやつだって、「存在」してしまっているんだ。

死んだら神の御許に行くのか、あの世に行くのか知らないけどさ。少なくとも、意識はそいつに寄っているわけだから、魂の行かないところに意識は行けない。

でも、そういう存在に寄らない意識が存在するとしたら。
「意識」が「意識そのもの」で存在している。

まぁ常識的に考えてそんな存在があるはずがない。何も無いところに意識があるなんて意味不明了解不能の極みだからね。

でも、人間は…………

そんな存在を、《仮構》することができる。
(もしかしたら背理法で非存在証明されちゃうかもしれないけど。)

物理的にそんなわけはないにしても、
唯心論的にいえばアリなわけだよね。
(仮構したからね。)

その瞬間、その意識という存在はこの世界に生まれ落ちた。
そしてまた、かさだの背後に付きまとうことになった。

世界でかさだしか仮構していないわけだからね。
かさだが居なければ全くどこにも存在しなくなる。

まぁ、この際、現実にそこにそんな意識という存在があるかどうかという点については置いておこう。何度も言うけどこれは仮構であって、本当にあるかどうか科学的に検討してしまったら非常に疑わしいものになる(柔らかくいったけど、強く言えば、間違いなくアッサリ否定される)。置いておけない、という人は、かさだがそこにそういう意識という存在を想像して、あたかもいるように感じている、と考えてくれればいい。

もし複数の人間がこの意識を感じるようになったら、彼らの所属するコミュニティーあるいは意識空間では、その意識とやらはかなりの存在感を持つことだろう。

まぁ、一人で考えている分には、あまり存在感がないだろうね。

だけど、残念ながら……

「かさだんご」は「一人」じゃない。

ここが最も重要な点だ。

かさだにはもともと思考を反復そして増幅させる癖があるけど、それに加え、かさだの中にはまるでかさだそっくりな人間が「何人も」いる。あるいは前者は後者の言い換えでしかないかもしれないにしろ。

彼が意識を持っている半分くらいの時間は、彼らは表層している。現在かさだの行っている思考や行動を諌めたり、励ましたり、ときに口論になる。

そして彼らは、かの「意識」の存在を主張したり反論したりを繰り返しながら……その存在感ばかりが増幅していく、というわけだ。つまり「かさだんご」という身体の中に封じられたコミュニティー――意識空間では、存在の主張も非存在の主張もあれど、その輪郭がひょっとすると見えた気がしてしまうほどに、存在の定義が頭の隅のほうで知覚されるくらいには、その「意識」について考えられているというわけだ。

その、絶対的意識。

そいつの「目」――なんてものは存在しないけれど、その「意識」にとっては、この世界はどのように見えているんだろうか?

そのことを気にしているんじゃないかって。
思うんだ。

何にもよらない「意識」。
判断基準の皆無な中で、完全たる「客観的判断(知覚)」を行う存在。

「意識」は知っているのだろうか。
この世界の本質を。
あるいはそのような存在では、むしろ知ることができないのか。
あるいは永遠に矛盾し続けるのか。

かさだは知りたい。



…………そして、ここに、最も重要な事実がある。

これこそが、コトの本質をついているかもしれないのだけれど。


上記の文章は、かさだの創造あるいは想像を文章にしたものだ、ということ。

それを聞いて、どう思うかって……
わからないけど。

でも、何度も言ってるだろう?

その「意識」は仮構された存在。

かさだが今更この事実を明かしたところで、この文章が根底からバカげたバカ話だったなんてことにはならないよ。

ひとつ、道化師に騙されたような気持ちで……
ひとつ、世界の真理に迫ったような気分で……

どうか、この文章を読み終えてくれると嬉しい。

読者の皆さんは踊らされたんじゃない。
踊ったのは、あくまでも、かさだ、ただ一人。

↓以下略

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