ねが×ぽ!! 〜Tiny Notes〜 記述式マテリアル

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かさだんご┃日々の遑 + 2008 / 10/10 [03:21]

- 自己観察/結論の受容に関する葛藤 -
大分前のコメントのレスですが…(1ヶ月前とか…もうね…)

>部誌の表紙絵がなんかすごくね?

あれはマウスで描いたんじゃないですw
鉛筆でぐあぁーって書いて、スキャナで取り込んで、
そのときにヒストグラム(?)調整してノイズ減らして、
HyperPaintというペイントソフトで色調変えて赤っぽくして、
ノイズをケシゴムで消して透明化して、はっつけたんです。
このブログの右上のイラストも同じです。

>あんたの書いた話ってどういうの?

あうー今日はPCが違うのでアップできません。
ファイルのあるPCでもアップするかどうかは…不明かな。
恥ずかしいですし。
選考に落ちたやつ(しかも自分で読む限りたいして面白くねぇ!)がありますが…
まぁ二つあるうちの一つは、今でも好きは好きなんですけどね。そんなに面白くないにしろ。
すごく不思議な感じ。でも、わかる感覚。

>におさんはどうなった

中途半端な頻度でメールしてますよー
試行錯誤なのである。。
チンケかリア充か聞かれたら珍獣と答えるしかナス。

しかしメルアド聞いてくれた割に向こうから来た事はほとんどないという怪奇。何故だ。
誰か詳しい人教えてくれ。(ナニソレ

日進月歩ですなこりゃ。あるいはGUVol3歩くような速さで。
人生は一回しかないわけだし、とか真剣に考えちゃったりして、
つまりそういう結論に行き着いたという。

で、最近胸をかきむしっていた……。(L5でない)

ここ一週間は特に思いが募って、(憂ふりの秋だからか?)
自分の生活全般に関して、なんのこの、かんのたれと考えていました。
どうしたらいいのか、どうすべきなのか、どうなるのか、
答えをくれる誰かを頼りながら、答えを探していました…

なにもかもがわからなかった。
数学の問題を解く時は必ず数式や図が与えられるし、
国語の問題を解く時は必ず本文がある。
それを見ながら解けばよくて。でも今回は、そんなのどこにもなくて。

かと言って教科書なんて要らない、とも思う。
欲しくない。使うべきじゃない。
つまり私は、答えが得られないなら脱法スレスレの何かを探していたわけです。

思うに、結論は最初から出ていたんです。
いつもそう。きっといつも、結論は出ているんです。
どうするか悩む(五里霧中)ではなくて、結論を受容することに躊躇している。
それを悩んでいると偽装しているに過ぎないんだ、とちょっと思ったり。

(それが三年前の回帰する日々幕の原因ないし全貌だったのではないかと思うのです。)

(三年前の回帰する日々幕=端的に言えば人見知りで上がり症で自分に自信がないせいで、知らない人やたとえ既知でも女の子と話せずに羨望し続けていた中三の日々のこと)

そのふたつは似ているけど、ちがう。
結論は明らか。その受容に躊躇する自分。
それを超えようとする物語が8月の「総文祭」の中で行われて、
もちろん当時の自分はただ自分の殻をやみくもに破ろうとしていただけだったけど、
なんとか破る事はできたのだろうし、
けど、今思えば、あんまり変わっていないような気もする。
でも、見えている世界が変わったからそう感じているんだとも思う。

男子校に入ってしばらく姿を見せていなかったけれど、
(去年夏の東大セミナー・数学合宿・今年夏の駿台夏季講習・総文祭では片鱗を見せた)
(三年前の)回帰する日々幕が再び現前した今、
自分がどうするのか、どうなるのかは、まだわからない。
けど、今度は以前よりも本質的に、直接的に、
「人生が一度しかないこと」を盾に直接「結論を受容するのか、しないのか」という問いを突きつけることによって、普遍的な自己の改変・壊変を目指すつもりです。

センターまで100日を切ろうという今、こんなことで悩んでいていいのかと思いつつも、
人生について悩むのは大切なことだと思う。
受験はできても生きてゆかれない人間になんてなれない。

「結論の受容に関わる葛藤」に行き着いたこの一週間の意味は大きいはず。
「普通に」生きていたい。余計なためらいなどなく。
不親切な予測なんて排除して、行動したい。
僕にとって、
「結論を受容するのか、しないのか」――この問いはあまりにも本質的で、
決定的な、僕の悩み、迷いに対する刃となる。
結論の前提が明らかに明示されたこの問いに、僕はもうぼかした回答などできはしないのだ。
何度でも問う価値があり、そして答えが決まっている問いは、
僕がもはや逃げられない形で、徹底的に切っ先を突きつけるのだ。

好きなものは好きと言えるのに、好きな子には好きと言えない。
そんなかつての自分が、こっそり僕を覗き見ている。冷ややかな笑いを浮かべている。
「結論を受容するのか、しないのか」
…その一択の問いの先に、二人で笑いあえる日は来るんだろうか。
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